◎ 自由帳 
気が向いたときに、なんか描きます。
広告のウラ紙のように、自由に適当に。

2007/04/28(Sat)  先日、男の子を産みました
冗談じゃなく、ほんとですヨ。(笑)
ここ半年ほどの体調不良は、要するに妊娠期間中によるものです。
よく「病気じゃない」と言われる妊娠ですが、普通の状態じゃないのも確かなんですね。
しかも寒いわ忙しいわで、とっちらかってました。(世間は暖冬だったけど、私は充分寒かった;)
そうこうしているうちに、胎児の体重が1800グラムから増えなくなって数週間が経ち、9ヶ月も終わりに近づいてしまいました。(ちなみに8ヶ月で1800グラムが平均らしい)
そして、緊急入院。
Aくんの入学式の日が、事の始まりでした。

※今日の日記は長いうえに、ひたすら記録するだけの日記です。
 はっきり言って、つまんないです。すんません;


入学式にどうしても出たかった私は、マタニティ用のスーツをレンタルし、雨上がりの道を小学校の指示どおり徒歩で出掛けました。
久々のスカートに薄手のストッキング&くるぶしが出るパンブスは、今思えばかなり無謀でした。
下半身を冷やしまくりです。
徒歩20分の道のりを慎重にゆっくりゆっくり歩いたし、会場の体育館内は暖かかったのだけど、教室で説明を受ける際、子供の机の脇にじゃがみ続ける事が出来ず、(腹がつかえるからね)その場に座り込んでしまいました。
そして帰りも徒歩20分、しかも長い上り坂ありの道のりです。
帰宅後すぐ、もらった教科書に名前を書いて、雑巾も縫って。
夕方6時頃から、異変がありました。
弱い陣痛の様なものが来たのです。
感覚はバラつきがあるものの、大体10〜15分くらい。
前駆陣痛か、微弱陣痛か…?
そのまま様子を見て3時間、収まる気配がありません。
というか、まだ夕食作ってません。(汗;)
「お腹空いた〜」を連発する気力もなくなって、諦め状態で遊んでいる子供たち。
主人は仕事。
ときは既に夜の9時。
このままでは子供たちは明日の朝、正常に起きられないだろう。
登校初日から学校を休ませるわけにはゆかない。
苦渋の決断で、実母に電話をしました。

実母の到着を待つ間、Aくんに指示して、黄色い通学用の帽子と油性ペンと帽子に付ける下校班のリボンなどを手元に持ってきてもらいました。
帽子に名前を書かねば。
しかもちゃんとした字で。(^^;
「がんばれがんばれ おかーあさん、がんばれがんばれ おかーあ、さん」
必至に顔を上げて名前を書いていたら、子供らが応援してくれました。
(ノД`。) よよよ。

ほどなくして、実母と叔母がタクシーで来てくれました。
主人も帰ってきた。
すぐ作れる献立は考えていたので、叔母に作ってもらうことに。
Aくんも手伝っているつもり。(しかし邪魔してるだけでは…?/汗)
主人には、レンタルスーツの梱包や返却方法、明日の学校の準備、様々な雑用をこなしてもらいました。

実母と叔母には子供たちの添い寝をお願いし、主人と私は病院へ。
…となると、翌日の朝も実母と叔母に託す事になります。
「今夜の薬、明日の朝の薬、吸入も…」「登校班の集合場所は…時間は…」「着替えはここに…」「朝食のおかずは…」「保育園の方の時間は…」
引き継ぎ事項が次から次へと出てきて、キリがありません。
出掛け間際に、「そうそう、家の鍵!」。
玄関まで行っては戻り、車に乗り込んでは戻りと、出発するギリギリまで、せわしなかったです。

結局、そのまま入院することになりました。
入院中には、以前に小児科で起こした発作の様な症状が出て、血圧を測ったら上が170。
その後、180になりました。
普段の妊娠していない時の血圧が90台なので、これはかなり大変な数字です。

説明に来てくださったお医者さんは、治療方法の事でかなり迷っておられました。
詳しく書いても仕方ないから省くけれど、私の命と赤ちゃんの命…リスクの大小での選択、とでも言うべきでしょうか。
とにかく、母体が死んでしまっては赤ちゃんも危ないわけだし…ということで、赤ちゃんに多少リスクがあるけれど私の治療を優先させる方向になりました。
それから1週間、赤ちゃんの様子を毎日注意して観察してくださって。
私の方も、一日に何度も血圧を測ってもらい、採血しまくりました。(1時間おきに採血された時はさすがに滅入ったな〜;笑ってたけどさ;)

ある朝、とても調子が良くて、『ひとまず退院できかな?』なんて、私は勝手に思ってしまうくらい、調子が良くて。
いつも通り、赤ちゃんの心拍数とお腹の張りを見るモニターを付けて、のんびりしていたのです。
しかし、なんだか様子がおかしい。
「ちょっとエコーも見てみようか」
「はいはい」
気楽にエコーで診てもらいに、自分のベッドを離れたのでした。

エコーの結果、赤ちゃんの元気がなくなってきている事が判明。
このままでは普通分娩に耐えられないだろう、とのことで、陣痛促進剤による分娩ではなく、帝王切開することに。
主人を緊急呼び出し、病院のスタッフの方々は手術の準備。
耳を切ったり点滴したり採血したり血圧測ったり寝たまま手術の同意書にサインしたり…先生方はめちゃくちゃ急いでいます。
かなりヤバかったみたい。
私は至って元気なのに。
今日こそシャワー許可下りるかな、退院はいつかな、なんて思ってたのに。

でも、赤ちゃんは苦しんでいた。

初めての下半身のみの麻酔は、マジ恐かった。
電気メスによって自分の肉が焦げる臭いも、気を滅入らせた。
「あかちゃんがんばれ、あかちゃんがんばれ」
気をしっかり保つために、必至でつぶやいた。

「あたま出たよ、肩も!」
息子ふたりの時にも関わってくれた助産士さんが、声を掛けてくれました。
取り出された赤ちゃん。泣かない。
泣かない。
…泣かない。
しばらくして………


泣いてくれました!
遠くの台の上で、両手をバタバタさせているのが見える。
元気元気!
私の顔の近くに連れてきてもらった時は、涙がぽろり。
でも、しゃくりあげる余裕はありません。
なにしろ胸から下が麻酔かかってるしね、お腹はまだ開いてるし。

それにしても縫っている間が、長かった;
ずっと同じ体制でいるから、背中がムズムズしてくるし;
「だれか話し相手になってくださいー」
うるさい患者です(汗)
ふと、おやじギャグとか思いつく。
でも、先生の手元が狂ったら困るので、言わない事にしました。
しまいには歌い出す始末。(いやはや;)
「なーべーなーべー そーこぬけ」
なんだその選曲(滝汗)

術後、早くフカフカベッドに戻りたいと思っていたのだけど、病棟の看護士さん達がなかなかお迎えに来てくれない…。
待っている間は、手術室担当の方がおしゃべりに付き合ってくれました。(よくしゃべるな、自分…)
しばらくして来てくれた看護士さんたち。
「(建物内で)迷子になっちゃいました〜;」
ほえぇ;


赤ちゃんは1710グラムでした。
速効でNICUに入院です。
体重はエコーでの推定より少なかったものの、ひとまず元気。
とはいえ。
赤ちゃんは、点滴や鼻チューブや心電図など、諸々の線で繋がれてしまいました。
血糖を測定するため、足のかかとには針を刺した様な跡だらけ。
弱々しくて、痛々しくて。
大人の私だって、度重なる採血に滅入ってたのに、この子はまだ産まれたばかりだよ。
赤ちゃんの頃の事なんて、数年すれば覚えてはいないかもしれない。
夜中でも明るい照明、電子音。
きっと覚えていないかもしれない。

でも、出来るなら…。

…なんて、言っても仕方ないか。




私は赤ちゃんを残して先に退院しました。
それからしばらくは、産んだ実感が薄かった様で、気が付くとお腹に話しかけてる自分が居ました。
まだ4月なのに、日付を書こうとすると、「5」と書いてしまうし。
諸々のやることがあり、体調もすぐれず、面会に行く気力も体力も無い。
そんなとき、友人からメッセージをもらいました。
「会いにゆこう!」
いきなりの決断。
行きは主人が出勤ついでに送ってくれました。
帰りは電車とバスを乗り継いで。
田舎だから乗り継ぎの接続が悪くて、バス停やホームでの待ち時間が長く、病院を出てから最寄り駅まで、3時間掛かりました。
帰宅後に鏡を見たら、顔が『真っ青』を通り越して『真っ黒』…;
貧血のせいか、肝機能低下のせいか…???

でも、行って良かったです。

乗り継ぎの待ち時間も、なるべく暖かくて座れる場所を見つけて、初日よりは楽に帰れる様になったし。
要は慣れですね。

そして、本日の赤ちゃんの体重は、1960グラムくらい。
退院の日取りが見えてきました。
あぁ楽しみv


以上、ただの記録日記でした!




あー書いた書いた。
書いてスッキリした!
ここまで読んでくださった方がいたら、ありがとね。
一時期はほんとに滅入っていたのだけど、今は元気なので、こうして余裕こいて日記を書いている次第です。

さて、搾乳するかっ。(冷凍保存して病院に持ってゆくのだ♪)

2007/04/07(Sat)  そうだったのか…
さ○○がなおったと思ったら、今度は○○○○症だって。
あー先日の小児科での一件は、これが原因だったのかー…。
幸い軽度だからまだ大丈夫なんだけど、先生に「入院します?」なんて脅されて、ビビッてしまった;
これが原因かどうかはわからないけれど、他にも不安な事があり…。
こっちの方が問題大きいかも。

無理しているつもりは無かったんだけど、気を付けてみると割と無理していたんだなーと気付いたので、もっともっと自分を大事にしたいと思います。


膨大にあった心配事は少しずつ片づいてます。
不良品の机問題も、今日で一段落。
やっと学用品の落ち着き場所が出来ました。

○○○○症についても、先生に「いつ運ばれてもいいようにしておいて」と言われたので、さっそく着替え等を準備。

ダブル or トリプルブッキングであえいでいた諸々の予定も、なんとか調整ついたし。
お迎え当番は、義母さんや主人にしてもらう事になりました。

義母さんは、職場で3人がいっぺんに辞めたとかで、穴埋めの為に週休1日状態。
しかも、シフト制かつ体力勝負の仕事なのに、数年前には原因不明の腰痛を患った事もあり、体調も不安です。
そんな中、車で1時間以上かけて、助っ人に来てくれるのです。

父ちゃんも、丸一日休むのは無理だから、時間休を使って来てもらいます。
こちらも職場までは1時間くらい。

そんな感じで二人とも忙しい身だから、なるべく頼りたくなかったんだけどね。
もう四の五の言ってられん。
甘えさせていただきます。

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Aくん日記。
私の受診のため、一緒に病院へ。
午前9時に出発して帰宅が午後3時半。
随分我慢してくれていたけれど、たしなめる事も多くて、私も疲れた〜;

Aくん、帰りの車中では爆睡してたよ。
体を動かして疲れるよりも、じっとして疲れる方が辛いんだろうな。
付き合ってくれてありがとう。

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Oちゃん日記。
年少さんとしての初登園。

お弁当箱に白飯を詰めて、おはしセットも持って。
これらも初めてのことです。
もちろん、お給食を食べる場所も違う。
いままでは未満児クラスで担任の先生も大人数だったけれど、この日からは一人です。

わくわくすることもあったんだろうな。
帰宅途中では、聞いてもいないのに、園での様子を教えてくれました。
お弁当箱でご飯食べたこと、おはしセットを使ったこと、遊んだおもちゃのこと。
拙い言葉で一所懸命、お話してくれました。

でも、寂しさや不安もあったんだろうな。
家に到着して手洗いを済ませると、地団駄を踏んで抱っこをせがんできました。


しっかり受け止めてあげなければならない所なんだろうけれど、私も病院で衝撃を受けたばかりだったし、疲れもあったしで、余裕が無くて。
大人が無理をしたツケが、Oちゃんにも回ったらしく、また咳が出てるし。
いつもごめんね。

今日は土曜日だったので、父ちゃんがOちゃんを小児科に連れて行ってくれました。
父ちゃんにも迷惑掛けるなぁ…。

今日の父ちゃんは大活躍だったのです。
こたつ布団干しでしょ、2階の片づけでしょ、草むしりに小児科に、あと買い物も。
Aくんのドリルにも付き合って、炊事も手伝ってくれて。
それに、食器洗いと洗濯もね。

私とOちゃんがお昼寝している間に、庭のネギを収穫しておいてくれたんだけど、その時、Aくんとネギ坊主を分解して遊んだらしい。
「楽しかった(^^)」と、父ちゃん言っていました。

そんな父ちゃんが大好きだっ。(><。)

2007/04/05(Thu)  蜂に刺されて散々な目に…(私が)
先日、Aくんが蜂に刺されました。
この時期は桃の受粉の為か、蜂の巣箱を持っている農家がいらっしゃるようで、かなりの数が飛んでいます。
とはいえミツバチだから、手で払ったりしなければ襲ってくる事は無く、すっかり慣れてしまってたんだよね。
もう、ハエみたいな感じ。
でも、子供には注意すべきだったんだわ。
激しく反省してます…。

庭遊びをしていたのは午前中なんだけど、「ここ痛い」と報告されたのは午後でした。
ちなみに午前中は、隣の犬小屋付近にボールが入ってしまって、そちらに気を取られていました。

そもそも道路に出ると危ないから、庭でのボール遊びは禁止していたのにもかかわらず、ボール遊びをしやがった息子ら。
ここは厳しく!
…ということで、子供らに取りに行かせたんだけど、やっぱり恐いんだね、いつも塀越しにワンワンと遊んでいるくせに。

さんざん子供たちを困らせ後悔させたあとで、最終的には私が取りに行ってやったんだけども…わはは、私も犬は苦手。(笑)
そこで、お尻から近づいてゆく「おしりあい」作戦で、ボールを奪還しました。
これ、試したのは初めてだけど、効果あるんだねぇ〜。
隣のワンちゃん、「いいの?! おくさん、嗅いでもいいの?!」って顔してたワ。

そんなに魅力的でしたか、私の尻臭は。
そーかそーか。(笑)

この騒動と前後して蜂に刺されたらしく、Aくんは気付かなかったのか、言いそびれたのか…。
かなり掻きむしった後だったから、針が残っているのかもわからない状態。
ひとまず消毒してバンソコ貼って、それから念のためにネットで対処法を調べてみたら、上位ヒットのページにて恐ろしい記述を目にしてしまいました。

アレルギー体質の場合、ショック症状に陥り、最悪の場合は死に至る…云々


ひぃ;

結局、小児科へ連れてゆきました。
道中、事故渋滞に嵌るわ、Oちゃんが「おしっこ」と騒ぎ出すわで、随分無茶してしまったんだけど、案の定、そのツケが来ました;
小児科に到着後、吐くわ下すわ。(息子らではなくて、私がね)
背を丸めても反っても息苦しくて、座っていられずにベンチに横たわり。(私がね)
いよいよ救急車を呼ぼうか、と思った時に、小児科の看護士さんに声を掛けていただき、処置室のベッドに寝かせてもらいました。(私が)

えーと。
何しに来たんだっけ、私・・・・・・・。( ̄Д ̄;) 患者は誰?


Aくんは至って元気です。
一応、ステロイド軟膏を塗ってもらい、アレルギーを抑える薬を処方してもらったけど。
ただ、これから先、2回・3回と刺されてしまうと、抗体が徐々に出来てきて危険な状態になるから、気を付ける様に…と言われました。

私も、一時期は息苦しくて、にっちもさっちもゆかなかったんだけど、先生が背中のある一箇所を押してくれてから、徐々に楽になりました。
すげぇ。あの先生、本当に何者なんだろう…。(感謝してまっす)
その小児科までは片道1時間も掛かって通うのが正直大変なんだけど、こんな凄いお医者さんだから、主治医を替えられないんだよね。

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Oちゃん日記。
今日は入園式でした。
お教室が変わって、徐々に年少さんの自覚が芽生えてきたみたいv

今年のOちゃん専用マークは、カタツムリです。
「何のマークだっけ?」って聞いたら、「カタチュムリ。」だって。
「Oちゃん デンデンむし しゅき。」って、ちゃんとカタツムリ=デンデン虫って、わかってるんだね、本物を見たことなんて無いのにね。

特に教えたわけでもないのに、いつの間にか覚えてる事って、わりとあります。
たぶん保育園で教えてくれたんだろうね。
感謝感謝v(わぁ他力本願;)


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それから。
入園式が終わって午前中のうちに、タクシーで小児科へ行きました。
小児科に置きっぱなしの車を取りに行ったんだよね。
Aくんの蜂刺されで行ったその帰りは、運転出来なかったのよ;トホホ;

ベッド使わせてもらったのに私の分の診療費は払ってないし、駐車代も然りだったから、菓子折持って伺いましたとも。
あのまま本当に救急車を呼んでいたら、レントゲンとか撮られていたかもしれないし、そういった検査は、今はなるべく避けたいもんね。
だから本当に助かったんだよね。菓子折程度じゃ足りないくらい。
感謝してます。

久々にタクシーに乗ったな〜。
Oちゃんにとっては「初★タクシー」かも?
よっぽどワクワクだったのか、それとも入園式の疲れが出たのか、帰りの車内では二人とも爆睡してたよ。

それにしてもタクシーの運転手さん。
おつりを間違えてくれました。
センターに問い合わせたら、折り返し本人から電話があって、「スミマセン間違えてましたー!」って、即答かい。
その人の素振り、態度、言動などから、わかっててやってんのかなーとも思ったんだけど、あまり追求せずに、事務所までわざわざ出向いて受け取ってきました。
あと、「子供たちが『おじさんのタクシー面白かった』って言ってたんで、また利用させていただきますね」と、笑顔で伝えておいた。
子供の純な心に触れて少しは改心してください、ほんと、お願い。

だけど、なんでこうも予定外の仕事が次々と増えるのかなぁ…。
要領悪い私が悪いんだろうか。

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