幻想夜話




雨降りの夜更け バス停の前

時刻表の末尾の 数字を指でなぞりながら
わたしは先へゆく術を失って
そこに呆然と立ちつくしていた

そんな時に決まって聞こえる あなたの声は
ナマリがきつくて まるで怒っている風で

大丈夫だよ だいじょうぶ。
皆とゆけぬなら ひとりでゆきなさい。
バスが無いなら 歩けばいいだろ。
みちが無いなら 作ればいいだろ。

おまえには2本の足がある。
そうさね おまえがひとつの誕生日
あの日のちょうど10日前から
おまえは歩いていたんだぞ。

いきなさい。這ってでもいきなさい。
足下が暗くて不安かね。
わたしが照らしてあげようか。

いつでもおまえを見ていたさ。


あの日 あなたは床(とこ)にいて
むくんだまぶたを重く上げ
細い瞳を光らせて かすれた声でこう言った

「大丈夫だよ だいじょうぶ。
   おまえをいつも見ているからね。」

気丈なあなたの最後のことば
自分の身さえもままならぬのに

今夜もまた大丈夫だと
根拠のない虚勢で叱咤(しった)する
我がみずさきに ひかりを灯す

行きなさい 生きなさい。
その先にある 誰かのために
いまはただ 歩けばいいのさ。
おまえの足は1才になる10日も前から
歩けるように付いてるんだ。
道に迷わずゆける様
ずっと見ていてやるからな。










2005.2.25
背景素材:「ZIG ZAG」