あまたの石
『風になりたい』と 彼が言った
『晴れ渡った空を 我がもの顔で飛び回るんだ』
まったく何も考えてないね
風も凍るほどの寒い夜はどうするの?
暗いビルの谷間は息なんかできないよ?
ぼくは いやだね
ひとつの所に留まることができないような
孤独な風になんか なりたくない
『水になりたい』 彼女は言った
『透明な海の中に溶けて 魚と一緒に泳ぐのよ』
まったく何も考えてないわ
氷にされて 冷蔵庫に閉じこめられたらどうするの?
ヘドロに包まれることだってあるかもよ?
わたしは いやだわ
環境によって 姿を変える
八方美人な水になんか なりたくない


心の内に石がある それはとても頑丈(がんじょう)な
内外の意図により うち砕いたときの衝撃は
自己を崩壊させるほどの 危険をはらむ
そして その石は



おのれと比べて 差別する



おのれと違うものを ねたむ



おのれの基準でないものを さげすむ



おのれに対するものを 忌々しくおもう








石は 意志
なくてはならない 自己の源
でも
頑なに「良し」と信じていた 自らの石の形を疑い
見つめなおす勇気が ほんの少しでもあったなら

どんなに楽になれるだろう

媚びず 怒らず 威張らず へりくだりすぎず
うつろいやすい 各々(おのおの)の石に
翻弄されることもなく

きっと

風にだって
水にだって
なれるような気がする








--- 反転で 見える言葉も 見えない言葉も ---
2005.9.28
背景素材:「FLASK」